野 帳 と 地 引 帳

野帳と地引帳(のちょうとじびきちょう)
 自治会事務所に6冊の野帳と1冊の地引帳が保管されていた。江戸時代から昭和30年代までの田口町の文書はすべて群馬県立文書館に寄託されているが漏れたものと思われる。
 野帳とは江戸時代検地のとき田畑などの現場で記帳した帳簿のことで、地字、地番、縦横間数、反別、名請人、面積などを実測して記入したもので、これを筆毎に地目、地種、持主、面積を地番順に整理したものが地引帳である。地引帳には明治9年(1876)10月の記入があり、明治7年から実施された地租改正のためのものと思われる。
 地引帳には群馬県第三大区小区七区上野国勢多郡田口村と記されており、この頃は明治5年(1872)に設定された大小区の区画制度により真壁村、上箱田村、下箱田村と同じ区画(聯合体)に属してした。明治11年(1878)に郡区町村編成法が発布されて南勢多郡田口村となり、日輪寺村、荒牧村、関根村、川端村、上小出村とともに一つの聯合体となり、日輪寺村に戸長役場が置かれた。

地引帳に記載された人物
(1) 田口村戸長 <塩原佐平>
「製糸の都市(いとのまち)前橋を築いた人々」に出ている初代佐平。明治6年に戸長に任命されて地租改正事業などの村政の責任者となった。

(2) 群馬県令<楫取素彦>
 明治6年初代の群馬県令。大河ドラマ「花燃ゆ」の主人公で群馬の礎を築いた人。文政12年(1829)山口県萩市生まれ。親友だった吉田松陰の妹寿(ひさ)と結婚した。県庁を高崎から前橋に移したことにより高崎の人々から反感をかった。

(3) 区長<根井弥七郎>
 北橘村箱田の人。文化8年(1811)3月生まれ。上小出の藍沢無満(1775-1864 江戸時代後期の俳人)の門に入って国文と俳諧学んだ。また、剣道を習い法神流剣法の奥義を極め、少年期の佐平に剣道を教えた。明治5年6月群馬県第三大区の大区長を命ぜられた。

(4) 地租改正総代人<船津伝次平>
 上毛かるたでおなじみ「老農 船津伝次平」天保3年(1832)11月原之郷村生まれ。この頃の伝次平は県令楫取素彦に認められ、県の用掛として地租改正の事業に携わっていた。明治6年に政府は地租改正による土地一筆毎の測量を命じたが、何等の予備知識もなく非常に不正確なものであった。そこで伝次平は最新の測量器に類似したものを各村で自製させて、三斜法(土地を多くの三角形に分割してそれぞれの合計で面積を求める方法)による測量を指導した。

一冊の地引帳の中に4人の偉人が登場するとは驚きである。